20220716

 副反応か何をしても気だるさが抜けない。ダラダラし続けた先のスーダラ節を高望みしている。よく、祖父がスーダラ節を歌っていたみたいなあの何も考えないひけらかし感覚。そしてドラマの最終話をみて、シジュウカラ、やばいけどこの切なさとかカットとパンの使い方の映画的ショットに振り回されていた。

 空振りなんてしていない。全てヒット。明確な球の投げ方とバッターに縦横無尽な演技力を席から高みの見物をしている。なんでこうもお父さんがちっぽけなのか、なんで不倫男が惨めなのか、その全てがあの一片に凝縮されているとするならばどう脚本を書けるのかと思っていた。

 寝た後に分析美学の大学院博士課程に行っている人と夜更けまで話し、美学と批評は違う。峻別があるのかないかとなった。