20221013

 アフリカの美術やアジアの美術について考えたときに、森美術館のグループ展は画期的だったのではないのかと思っている。町屋良平の小説にも森美術館で韓国の作家による展示を見に行くシーンがあり、見に行ったボクサーが全く作家の名前や作品について思い出せないけど、そこにいた記憶だけあるというシーンがあり、同行者が「美術館という場はそういう場」みたいな事をいうのが印象に残っている。多分、少し違う言い方になっているのだけども、あまりよく知らない作家について知るグループショウとかは、今年のあいちトリエンナーレにもあった。けれども、展示をする事自体がもはや形骸化されてきており、その場でイベントをする事やノンクロンがある事の方が有効なのかもしれない。鑑賞者の鑑賞経験をどう共有するのか、それを知った人の反応だったりを気にしながら見る作品経験とは何か考えたりする。

 

 会社でエレベーターを待っている間、歌詞をしっかり覚えていないのに、サカナクションの「アルデバラン」を口ずさんでいた。

 たまたま検索をしたらでてきた記事で、こんな事が書かれていた。

 「歌詞は関係ないですが、個人的に「猫の物語」と「この物語」で一音節ズレている部分が山口一郎の作曲の工夫が凝らされていて好きな部分です。」

 この前の日記にも書いたが山口一郎は音程のフェーズを操作する事で作詞に意味を持たせている。

https://chushun.hatenablog.com/entry/2020/04/17/163508