20221019

 深夜の12時ごろにカラスが鳴いていたため、Twitterで「カラスが鳴いている」とツイートして数分でツイ消しをした。

 昼に食べる予定のつけ麺屋が行列のできるつけ麺屋で、調べたら雑誌の掲載お断りの店だった。web上に上がる記事が「おかみさんが綺麗」なども書かれており、ラーメン評論家というものはこういうものなのかと思ったりして、げんなりしていた。

 けれどもそういった自称評論家が訴えられる、野暮が野暮として通用しないヤバさになるのはどういうことだろう。

 時間の合間に清田隆之の『さよなら、俺たち』を読んでおり、男性側がフェミニズムの本を読んだとき、他人の発言に対して聞く側、男性が少し癪に触る感覚に陥り、牙を剥き始めるとき、についても書かれているのに読者に対して書き手が物腰を低くして書いている。

 話を戻して、評論みたいなものについて。無意識みたいなものさえもすぐに記述して、断定されてしまうからなのか。

 対面よりもアプリでの連絡でつながる距離、識別と見る側の認識みたいなものをほじくり返す時代。