20231229

 いちばん好きな花を途中からまでみて、藤井風が出る前にセイコーマートのカツ丼を食べたくなって、友人の分と私の分を買いに行った。どこに行ってもなく、カツ丼の上だけ売っていたため、それと何故かホタテカレーを購入。そこから少し歩くと昨年の年末に宿泊したススキノのビジホがあった。そのの側のセイコーマートでは、未だにトシマサの女性が深夜にバリバリカツ丼を作っていた。その記憶があったため立ち寄るとやはりバリバリ製造していた。カツ丼を買って宿泊先に帰り、私はカツ丼の上をホタテカレーにのせる。それを食べながら、ドラマの終盤におとずれる藤井風のピアノ演奏を見ていた。それをみて寝た。

起きて、朝風呂にでも行くかと一階に行って風呂に浸かった。一階に田中敦子の複製が飾っていたAPAで風呂もついてとてもいい。なんで敦子が出てきたのか分からないが。

友人と空港に戻り、友人のそのまた友人と合流した。ひとりは大学教授でもうひとりは役所で働いており、そのまたもうひとりは役所の人の奥さんだった。小学校の教員らしい。空港のフードコートで飯でも食べるか、となり3階にあるフードコートで集った。私は味噌ラーメンを食べるコーナーに並んだ。ブザーを持って戻ると私以外の人たちはもう食べ始めており、友人は食べられるのか心配していた。私は少し食べれたら充分ですと言った。結局、全部食べ、バスに間に合った。

その人たちでバスに乗ってニセコへ向かった。バスの椅子を倒して寝ていた。起きて窓を見たら、そこは雪山だった。

スノボの板を借りてロープウェイへ。友人の友人たちはスキーだった。別々となる。滑った途中でロープウェイのカードキーを紛失。受付の人に頼むも、受付のマイクがうまく聞こえず、何回か対応してもらう。またロープウェイ。また降って途中からまたロープウェイ。そこからさらに上の方まで登る。滑って友人を見失う。先に滑ったらLINEが来ていたらしく、まったく知らずに旅館に戻るとスキー勢が。友人が遅れており、私を探していたためメチャやらかし案件すぎで謝った。

板を旅館の板置き場で預ける。そこから上のフロアに上がった。ビュッフェの部屋となっている。ステーキとグラタンを皿に詰め込んだら役所の人の奥さんにグラタンの盛り方を会話の途中で驚かれる。偏っていた。なにもかも。食べ終わって、部屋でモノマネ番組を全員で見た。

酒を呑んだ後、風呂に入る。サウナに入るとロシア人が入ってきた。缶ビールを手にしている。話しかけられる、腕のタイマーで12分せっとし、ヤバいね!と言っていた。サウナ後に露天へ。露天の向こう側の反射するファサードのホテルで人が動き回っている。露天から立ち上がると向こうが立ち姿を見せていた。ゴームリーの彫刻かと思った。ゴームリー彫刻は人としての意思表示かもしれない。そう思った。

20231228

  朝早くに起きて川崎駅まで向かう。京急川崎駅。川崎大師に去年いった。初詣。星野源の新譜、光の跡/生命体を聴く。源顔が逆光のニコンカメラだかフィルムカメラで撮影されてひかってる。生命体自体は全感覚包囲型音楽といった印象をシングルの時から思っていた。アルバムを通して感じるのは音のゆるふわ度かもしれない。聴きながら蒲田で乗り換え、羽田空港第二駅に着く。  

搭乗手続き、荷物が中々レーンに乗らない客がいて困っていた。何回も機械がモノを傾けては戻しを繰り返している。ジャックタチのトラフィック思い出す。  

飛行機の中でことばとをKindleで買い、池谷和浩のフルトラッキング・プリンセサイザを読む。北海道についた。ついたら友人が起きて、窓みたら雪が光で反射して見えなくなっていた。曲の意味がわかった気がした。

20231224

 寝ながら過ごす。夕方ごろ起きて近くのコーヒー屋でtelle-をいくつか読んだ。石倉さんの本だけ残った。杉本さんのコロナ体験を書いてみた文章は自分もことばの学校の課題でやってみたため、こういう書き方もあるのかと勉強になる。たしか、そのときの講評のときに「日記を書いているのだけど読んだ友達がみんなヤバい奴と言うんですよね」と話したとき佐々木敦が一番爆笑していた。

 コーヒー屋ではカフェモカを飲んだ。エスプレッソを下地にしているためか苦い。佐藤で調整しても足りない。ジンジャーティー?にすればよかった。甘いモカの方が好きだと分かる。

 家に戻ってヨダレドリを食べる。ジャクソン5クリスマスアルバムを聴いた。初めの曲の転調がなんか変だった。そうこうしているうちに、M1が終わっていた。今年は8540組が応募したらしい。勝ったコントをみるとわかる奴だけには分かればいい、という内向きな引用とご近所ネタが内包されたコントになっていた印象。軽薄さは既に個人的な生活にも侵食していると思った。そう、戦時下にお笑いが普及し、人々に「笑うしかない」と装うのはパンとサーカスだ。多分、いま地味に広がりつつあるお笑いの流行もある意味、戦争突入前の大正期に普及したパンとサーカスみたいな感じなんだろうな。アートも現政権の政策によってそうなりつつあるのが怖い。

20231223

 ある人と南町田グランベリーパークで散歩した。その人と会って、学生時代のモラトリアムについて考えてしまった。私は美大の大学生だったのだが、2年の辺りから転科をしたり次々と自分のやりたい方向性を見出していく同学年の人たちを見て、このままこの学科でいいのだろうかと思っていた時期が確かにあった。この学費と見合う成果だったり、あまり気楽に考える性分でもなかったのかもしれない。けれども、ただ時間に流されるままここまで生きてしまったという感覚があり、なんとも未だにいえない。退学して、学費が払えずに介護職に就いていた人もいれば、転科後次々と課題や学外での活動に追われる人もいたりしていた。自分の周りには読書会の機運がこの頃から何人かあり、Twitterを見て藝大の人が積極的に動いているのは知っていた。そこに大学院の人と連れて行ったときもあった。たしか、ヴォーリンガーとかがっつり美術史よりの知見についての読書会だった気がする。けれどもそのときは、大学院の人と途中からフェードアウトした感じになっていた。

 未だに美大のモラトリアムについてはうまく言語化できない。けれども、大学側の受験制度と教育制度が噛み合わないという感じがおっきくあり、結局、美大の残された価値基準は保守的なリテラシーに守られている気がする。なので、大学院で一般大学に行ったときの温度差はよかった。

20231218

 書き終わった解説に上司から指摘が入り、ここからさらに削ったりしていくのかと思った。書き足すより整理していくのもなんだか楽しく、書くの下手くそなのに好きってなんやねんってなる。『佐々木敦による保坂和志(仮)』を少しずつ読んでおり、書かなければやってられない人と書かなければやってられない人を演じる人。その違いだったり、気づいたら書いていたという話など。書くという行為について延々と2人でトークしているのが収録されていた。横尾忠則保坂和志が絵を描くことについて尋ねており、お金がなくなることよりも、書き続けなくなる心配の方が強くなるといってたらしく、それについてまだよく分からなかった。までも、継続していくその方法だったりについては共感できた。

 ジムの帰りに、ポッドキャスト、夜ふかしの読み明かしのコンビニ人間の回を聞いた。コンビニ的な人間になってしまう、その怖さについての小説なのかと思った。けれど、その渦中の人は渦中だと分からない。職場人間、家庭人間、業界人間などといった思い浮かぶ所属先にしっかり適応できてしまったその瞬間。無自覚にみんなコンビニ人間になっているのではないのか。そう思うと少し怖かった。だけれどその場について耳を傾ける姿勢の取り方について、言い訳にならない程度の考え方はないのだろうか。という話もいい訳なのだろうか。

 帰宅後、パソコンを開いてwixで開設した自分のホームページをみたらしっかりなくなっていた。安心した。

20231217

 午後あたりから友人の家に行き、ドラマのおいしい給食を少しずつ見てた。市川隼人がよかった。真面目な教員、甘利田が給食の時間だけときめいている。映画まで作っているのかと思った。午後辺りから幼馴染の忘年会があった。みんな結婚しており、私含めて5人くらい未婚だった。別々の過ごし方してる感覚だけど、なんとなく話があってずっと続いてる関係に馴染める人とそうでなかった人だったり、その差について終わった後に考えてしまった。