この前、会社の先輩が首を一回転させて、ゴキゴキといっていた。
そう、低いトーンで挨拶したあの人。
首、ずれてませんか、 と心配で声をかけようとするもかけれなかった。大丈夫ですか、 と聞いたら、大丈夫です、心配しないでください、と返してくる。 今日は色々ツッコみますねと返してないだけまだ安心できた。
よくわからない、今日もその先輩に細かいところでツッコまれた。
多分、ボケ担当だから立場を逆転させたら心のなかでキレられる。
どうやらこの前、阪神タイガース、0対4の圧勝だったらしい。
気がついたら映画監督、園子温も炎上していた。
園監督の映画はこの前の日記に書いた通り、よく見ていた。 けれども最近、なにか違う。 ひそひそ星あたりからあまりみていない。形式の再生産にみえる。
そういいつつも、映画をみて楽しんでいたのは事実。映画は映画でそれについて語るべき。そして、何故それが受容されていたのか。
暴力を監督は内面化したのではないのかとも考えてしまう。それはいつ起きたのか。学校からなのか。実際に被害にあっている人の二次被害にならないことを願 うばかり。いまの消費者である僕はこれしかいえない。
なぜ、文章を書くのか。 それは自分がちっぽけな存在であることを再確認するためにある。