20230225

 半蔵門線に乗って三越前。そこから三越のエレベーターを登り、Sさんが企画してた展示を見に行った。「美術」という造語を捉え直すという企画の趣旨は、北澤憲昭の『眼の神殿』や佐藤道信の研究などで度々、取り上げてきた。その上での展示かと思ったりしながら見ていた。中ザワヒデキの扱いが少し難解に思え、Sさんに、最後の方だけ分かりませんでしたと率直に伝えると、少しずつ難解にキュレーションしたつもりです、と話していた。Sさんのこれまでの取り組みとつなげて展示する試みにも受け取られた。工芸品について批評的に扱った作品がコンセプトとのつながりを意識させる。

 そこから馬喰町まで歩いて母校が運営しているギャラリーで展示をみた。以前、ある彫刻学科の教授からそこが雀荘店であり、それを改築したと聞いた。今回の展示を最後に場を移すらしい。映像作品が何点か壁にかけられた展示となっており、とてもミニマルな空間だった。それぞれ映像機器が異なる。4Kもあればノートパソコンのサイズのモニターもある。けれども、どれも寸分の狂いもなくどれも同じモニターにみえる。ドナルド・ジャッドの箱に液晶が嵌められた様な印象を覚えた。

 別のSさんが書いた文章が掲載された冊子も配布されていた。次の予定が新宿のため、都営新宿線に乗って新宿三丁目で降りる。駅のそばのドトールコーヒーでお茶をしながら冊子を読んだ。クラウスのインデックスについての話を用いて、映像について論じていた。高解像度の画素数が現実空間との見分けをつかなくさせているという話にも受け取られた。展示でも高解像度のために、巨大な外付けハードディスクを使った作品が1点あり、ある種の強度を感じる。

 コーヒー店を出ると雪混じりの小雨が降っており、新宿御苑を歩こうとするも辞めて紀伊國屋書店で本を数冊みた。ことばとの新人賞に入選した大沼恵太さんの「ゾロアスターの子宮」もみた。ナナメ読み程度だったが、北海道のFさんがこれが短編だったら話は別、と言っていたのが分かった。純文学は漫画であれば、ガロ系の漫画の様に誰でも書けそうな様相で別のコードが提示されていたりする印象が私にはある。大沼さんのこの小説は、Fさんがいう様にアングラ演劇の様な支離滅裂さが長文で提示されていた。

 次の予定であったKさんと書店の1階で待ち合わせをする。喫茶店を探すもどこも混んでいる。この前宿泊しに来たときに忘れ物をしており、それを渡して解散する。旅行に行くらしく、お土産を買ってくるね、と話していた。ついでに雪降ってましたよ、とKさんに伝えるも彼は気づいていなかったという。