20211127

実家。家族は北海道の祖父母の家にいるためひとり。冷蔵庫から納豆を取り出し、納豆ご飯を食べて、バチェラーみて、東京駅むかう。

異動前の人がバチェラー始まるらしいからといってたので見てみたりした。

色んな人いて情報量多かったためか、目が覚めたまま、午前中に動き出せた。

一本でいけるのに目黒駅に乗り換えて東京駅コースにした。どっかで人混みを避けたかったからだと思う。

東京駅につき、ステーションギャラリーで行われていた小早川秋聲 旅する画家の鎮魂歌展をみた。予約制にも関わらず、その場で買ってみれた。住職の息子が画家を目指して世界を放浪するのが清々しかった。学部の頃にお遍路やろうかお遍路やった多摩美の油絵科にいた人に相談した事とかを思い出した。そこまで修行の意味ではないが、みた後に思い出した。

小品の海外の風景をみて、コロナじゃなかったら色々いけたのになと思ったりしていた。

後半の従軍画家としての表現においては、画家として描きたい表現を書き変えなければ受け入れられないといった葛藤が見え隠れしていた。

特に「國之楯」(1944)は、軍部の依頼によって元々「軍神」というタイトルで描かれたものが厭戦気分を害する作品として受け取り拒否が行われ、1968年に桜が散った背景を黒く塗り潰した作品だという。よくみるとその部分だけヒビが入っていた。下絵と一緒に展示されている。下絵を見る限り全く表情が異なり、色と形の改変によって表現する内容も変わるものかと思った。展示される事で作品の内容を変えなくてはいけない事や見られる側を気にしながら無意識に自主規制を働かせ、表現したりしているのではないのかとも昨今の事柄をあれこれ考えながら見終わった。

近くのαMにより、その後、近代美術館に行く道すがらでみつけた街中華により、ラーメンを食べた。待っている間、風が身体をつつくなと思ったら、硝子戸が少し空いており、そこから冷たい風が吹いていた。冬になってくなとラーメンを啜りながら考えていた。