20220518

 友人と結婚についての話になったりしていた。

 あまり、バツイチの2人の間に生まれたという事もあってか、結婚について、いいイメージが持てない。消極的になっている気がする。けれども、結婚していない独身男性のいいニュースをあまり聞かない。
 それもあってか、安定を求めている不安定さという事であったり、それについて悩んで先に進んでいる人をみると、信頼できる。
 当たり前のように男性のお世話をしてしまう女性であったり、それの見返りとして男性が働き続けて、家の中にいれる保証があったり、それがなかったら、イツメンに入れないのではないのかといったやんわりした危機感が元カノにあった気がした。
 けれども、このまま、働き続けるルートから脱線した僕は無理なのではないのか、その人にとっての幸せになれないのではないのか、けれども、その人の幸せが周りの評判に合わせられるためか、周りから逆の方向に向かっているのではないのか、という不安がどっとあったりして、なんだろう、となっている。
 安定に対する不安定、不安定に対する安定。
 どちらの二分法も結局は自分を安心させたいためであって、その人を思っているのかということでもない。利害関係。
 たまたま、元カノのインスタのストーリーをみたら、彼氏が料理にハマっていて、新しいフライパンでバルサミコソースのハンバーグの写真を挙げていた。
 彼氏がマメであるところとか、料理上手な男子であるとか、彼女思いであるところとか詰まっていて、泣いた。
 たしか分かれる手前で、餃子を作っていて、僕が段取り悪すぎて、ぐちゃぐちゃになって、それから無理だったところがあって、部屋が広ければとか、あのときこうしておけば、とかあったりしてる。
 までも、今カレがもし、ひとりでその人と付き合っていなかったらどうしてたのだろう、何がそうさせたのだろう、周りの目がそうさせたのではないと思うのだけど、男子はよくわからない。
 ふいに、母親がよく会って、世間体を説教してくるママ友の事を思い出した。母親はその人と会う度に泣いて帰ってくるんだけど、何故かまた、会いに行く習性があって、わたし、何も世間のこと分かってないから会いに行くんだとか言っていた。
 その人はよく、旦那を褒めてたんだけども、確か、別れて別々になっていて、それも世間で世間についてよく分かんないなって子供ながらに思いつつも生きづらい自分がいた。